Vol.140 台風19号は凄まじかった

地球史上最大の台風がやってくる。

鉄道の計画運休、デパートや店舗が軒並みシャッターを閉めると聞いてもあまり実感が湧かなかったし、半ば大袈裟だなと正直思っていた。

午前中からiPhoneに届く爆音の緊急速報メールに脅かされた。地元自治体のアナウンスもあり、なんだか落ち着かない。午後には結構な雨量があり、川の氾濫もあるかもしれないとテレビでの報道と同時に家族からの電話、この辺りからわたしの頭の中で避難や逃げることを想定しだした。荷物もまとめた。わたしは多摩川の近くに住んでいる。

夕方から夜にかけて雨風も強くなり、外の水はけが悪くなり、少しずつ水位が上がってきた。何度も何度も窓を開けて外の様子を確認する時間が続く。お向かいマンションのおじさんとの挨拶を何度も交わした。消防車と救急車のサイレンに緊張感が高まる。

1958年に伊豆・東京を直撃して1198人もの死者行方不明者を出した狩野川台風。勢力・コースともにまさにその再来ともいうべき今回の直撃は、自分の身の危険さえ感じることになり、多くの人たちが不安と緊張感を持った1日だったのではないかと思う。結果、箱根では観測史上最大となる24時間雨量最大1000mmオーバーの豪雨を始め、ここ数十年では最大クラスの大雨に見舞われ、同時に風速30メートル近い暴風が吹き荒れた。この災害で多くの川の越水があり、各地で被害が遭ってしまったが狩野川台風のような甚大な災害を防げたことは、前もった警告と影でのいろいろな努力によるものだったのではないか。

それにしても毎回思うのは、こういった災害時にテレビでの情報が「身の安全の確保を!」と感情に訴えかける内容や同じ解説ばかりで、大事な情報がちっとも入ってこない。画面を分割して、各川の水位情報をライブ配信してくれた方がよっぽど役に立ったのではないかと思う。氾濫したのかしてないのか、いつ避難するタイミングなのかの基準をもっとわかりやすく伝えてほしい。

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Vol.139 20代、30代の女性たちへ

おもしろい記事を読んだ。コラムニストのジェーン・スーさんと脳科学者の中野信子さんの対談集「女に生まれてモヤってる!」の中で口を揃えてこう言ってるらしい。

「自分に自信が持てるようになったのは、37歳くらいのとき」

「なぜならそこでようやく『女らしさ』という社会規範から降りることができたから」

思わず心の中で(そうそう、まさに!)と納得する自分がいる。思い返せば、20代前半から30代後半は恋愛はうまくいかないし、自信のなさから不安に駆られる日もあったし、自分の感情に振り回されてばかりいた。それ系の本ばかり読んでいた。(今思えばヤバイ奴だったかも)そして世の中のシステムや親の言葉で結婚や出産へのリミットが焦りを生んで空回りの日々だったように思う。

悩みやコンプレックスって、年齢を重ねると意外に楽に処理できるようになってくる。(あぁ、どうしよう、こうなったら大変だ。こう思われたら嫌だな。はぁ、、)という思考回路が(考えてもしょうがないし、どうにかなるよね。ま、いっか!)と切り替えられるようになり、気付けば他人の悩みに解決策を与える側になっていた。

脳科学者の中野信子さんの話によると、『ライフサイクルのうちで人間は10代〜20代の脳はあまり自信を持たせない仕組みになっているんです。おそらく不安な感情が高いほうが、圧倒的に学習効率がいいという理由からでしょう』

若者よ、安心して大いに悩んでみたらいい。いつか楽になれる日がくるのだから。

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Vol.138 Netflixをやめて、WOWOWにして気づいたこと

大好きなNetflixをやめた。メンバーシップをやめては再開、やめては再開のループを繰り返す程大好きなのにやめた。いつも別れは突然、その理由は2つある。1つは家のインターネット環境の契約更新のお知らせがきて、この家にネット環境が今後必要か、と考えるきっかけができたこと。もうひとつはNetflixは選択肢が多過ぎて何を見ようかと正直悩む。その時間が無駄に思えてしまい、その時わたしは閃いた。WOWOWに加入してしまえば、その時間で見られるものは決められているし、普段選ばないジャンルの映画も必然的に見始めることになる。見始めてみれば、意外とおもしろいジャンルの発見や視野も広がるというわけだ。

結果、選ぶことよりも選ばないを選択することで無駄な時間が減り、視野と発見と時間を得られたのだ。最近は無駄をなくすことばかり考えていて、今後なにもなくなってしまうのではないかと正直怖くもなるが、今のところNetflixロスにはなっていない。ネット環境がなくても困っていない。結果オーライじゃない?

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Vol.137 誕生日を迎えて思うこと

先日40代に突入した。ここまで特に大病もせず、骨を折ることもなく健康に過ごせてこれたこと、感謝しかない。この年齢になると、もう40歳かぁ、はぁ、という気持ちはすでになく(28〜35歳ぐらいまでは年齢ばかり気にしていた)この後の人生どうしていこうか、ということを考えだす。死ぬまでにしたいことリストを作成し、チェックを入れていく、そんな生き方もいいね。リスクを恐れずぶっ飛んだことだけをする人生もいいね、とアレコレ。

定期的に旅に出て、見たことのない景色や出会いも探し続けていきたい。人生は豊かになる方法を探す旅なのだろう。そして自分の人生を今までで1番見つめることが多くなる1年になる気がする。

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Vol.136 新型iPhoneのカメラデザインについて

米国時間の9月10日、Appleはスティーブ・ジョブズ・シアターにてスペシャルイベントを開催。新型iPhoneを発表した。

iPhone11はiPhoneXR、iPhone11ProはiPhoneXS、iPhone11ProMaxはiPhone XS maxのそれぞれ直接の後継機になる。従来モデルからの最大の進化点はカメラだということ。

iPhone11は、2眼カメラになり標準的な広角レンズに加え、13mmの超広角レンズ(F2.4)を備えた。iPhoneProとiPhoneProMaxはというと、前モデルのXSとXS Maxの筺体サイズにiPhone11のスペックを載せ、広角、望遠、超広角の3眼化と新機能もとても魅力的なんだけど、このカメラのレンズ部分に違和感を感じるのはなぜだろう。四角形で囲われた3つのレンズ位置にしっくりこない。いろいろ調べていたら、わたしのように違和感を感じて人は多いみたいで、Twitter上では「カメラデザインがタピオカみたい」「集合体恐怖症にはつらい」と話題の声が上がってる模様。うーん、時間が経てば慣れていくのだろうか。今回わたしは機種変更は見合わせるが、来年はカメラがもうひとつ増えて4つなったりして。Appleから目が離せない。

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Vol.135 BUDX TOKYO 神イベントだった

BudweiserとMixmagとコラボしたBUDX TOKYOが8/29~8/31の3日間開催され、そのうちの2日間遊びに行ってきた。わたしが行ったのは、8/30と8/31でクラブサウンド満載パーティーで久しぶりに大音量を体で感じ、興奮した。

8/30は時間的にSeihoとMijaのDJプレイを堪能、Seihoさんのプレイを見るのは2回目で相変わらずのパワフルと音楽を楽しむぶっとんだパフォーマンスが印象的で普段気持ちや表現を押し殺していると感じるわたしは、こんなにも自分を解放し表現できたらと羨ましくも思うほどパワーを感じた。

8/31はみんな大好き石野卓球、プレイも最高に盛り上がり神がかりが凄かった。成熟された大人は余裕があるオーラで安定安心、渋くてかっこよすぎだ。フロアの一体感も最高だよね。

このイベントなにが凄いってこれだけのアーティストを揃えていながら、応募抽選の無料イベントでバドワイザーは飲み放題ってところ。お金がかかっているけれど、宣伝費でまかなえているのだろうか。と、場所は晴海で行きにくいけれどうまく作り込まれていた空間とおもてなしに主催者側の策をあれこれ考えてしまう夜だった。

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Vol.134 富士山は穏やかでいて、厳しい

いつかは登りたい気持ちを持ちつつもタイミングを失っていた富士山登山。なにか新しい挑戦がしたいと思っていた矢先、声がかかった時には二つ返事で受けていた。

登り始めは、ハイキング気分で余裕をかましていたが、だんだん上り坂がきつくなってくる。早く歩くこともつらくなってくる。まぁ、ゆっくりいこう、ペースを保ち無理せず、体力を温存しながらも登頂することが最終目標なのだから。

途中、妹には登山が苦行にしか思えなかったらしく、序盤で「みんな何考えて山登るんだろう」と呟いていた。とても印象的な言葉だったけれど「それ考える必要のないやつ」とわたしはピシャリと言った。意味なんてあとで考えればいい。

登り続けること7〜8時間、体力の限界を何度も感じ宿泊の山小屋までにだいぶ時間がかかってしまった。それでもそこまで登ることができたのは、だんだんと空に近づいていく間の景色にすっかり魅了され感動し、パワーを感じられたこと、自分ひとりが苦しいわけではなくたくさんの登山者が苦しそうになりながらも上を目指していたことが大きかったからだと今は思う。

着いた山小屋で妹が高山病になってしまった為、登頂を諦め下山することを選択したわたしたちは、その場所からのご来光を見た。雑念や思いなどなにもなく無心にその眩しい太陽に釘付けだった。そして頂上からのご来光を見るにはまだまだ試練が足りないぞ、と言われた気がした。

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